大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)676号 判決

控訴人

中井シッピング株式会社

右代表者代表取締役

中井一郎

右訴訟代理人弁護士

美並昌雄

被控訴人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人検事

石田浩二

同訟務官

鳴海雅美

同防衛庁三等海佐

西脇博

同防衛庁事務官

水上浩一

田中照男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求(当審における予備的請求とも)を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  予備的請求として、「控訴人は、被控訴人に対し、金一五一六万八〇五八円及びこれに対する昭和五五年四月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」

(三)  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

二  主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示中控訴人に関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の補正

(一)  原判決三枚目裏四行目の「操舵し、」の次に「第三泉丸の後方にロープで」を、同六、七行目の「載貨量七〇〇トン、」の次に「全長六〇メートル、幅二〇メートル、無人、」を加え、同四枚目裏一行目の「外板・」を削除する。

(二)(1)  同八枚目裏七行目の「運送委託契約」を「運送契約」と、同九枚目表四行目の「各船の船主が」を「各船の指揮管理権は各船主にあり、それぞれの船主が自らもしくはその任命にかかる船長によって各船を運航し、」と訂正する。

(2) 同一二行目の冒頭に「(一)」を加え、同裏一行目と二行目の間に、次のとおり加える。

「(二) 『たかみ』、『いおう』は、船舶法三五条但書の『官庁の所有する船舶』に該当するから、本件事故については、商法第四編海商の準用が排斥されるので、同法七〇四条一項は準用されない。

(三) 第五神山丸と第三泉丸が被告会社のマークをつけていることによって、被告会社に一般的な指揮監督権があると推認されるとしても、被告会社に具体的な操船上の指揮監督権がなかった。それ故、仮に被告河野、同濱本の操船上の過失に基づく侵害行為によって原告が損害を被ったとしても、被告会社には損害賠償責任がない。」

(三)  同一一枚目裏四行目の「の多い東神戸航路」を「が多くかつ狭い東航路の入口先端部においては、社会通念上、他の船舶の通航の妨げとならないように係留すべき注意義務があるの」と訂正し、同一〇行目の「接触部位に」の次に「船舶が通常備えておくべき」を加える。

(四)  同一三枚目表一一行目の「いたとしても」の次に「岸壁との間に圧迫された形となり」を加える。

2  控訴人の当審における主張

(一)  商法六八四条は、海商法における船舶は「商行為をなす航海の用に供するもの」と規定し、右にいう「航海」とは、湖川港湾(平水区域)を除いた海上航行をいう。従って、平水区域を航行する船舶(内水船)は、海商法の適用を受けない。

ところで、海船であるか、内水船であるかの区別は、一定期間における主要な使用場所によって区別される。

第三泉丸は、船長濱本忠男が昭和四七年から神戸港湾内の曳船業を行なっており、管海官庁の航行区域も平水区域である。

第五神山丸は、船長河野玉文が昭和四八年から神戸港湾内で曳船業を行なっており、管海官庁の航行区域は、昭和五四年六月一三日までは平水区域であり、同日以降は限定沿海に変更されたが、その使用範囲は神戸港内に限られていた。

そして、本件事故も、神戸港東部第四工区から神戸港第五防波堤までという神戸港湾内における航行によって発生したものであるから、本件は内水船による事故であって、海商法の適用はない。

(二)  定期傭船契約には、「賃貸借による定期傭船契約」と「賃貸借によらない定期傭船契約」があり、我が国を含む世界の海運実務において広く行われているのは後者である。社団法人日本海運集会所の定型書式の三一条でも賃貸借ではないことを明示しており、また保険実務も定期傭船者には商法七〇四条の適用がないことを前提としている。

そして、本件の実態をみると、①船舶(曳船)の占有は船主にあり、②控訴人には船長の任免権がなく、③燃料費は船主の負担であり、④定額の傭船料が支払われたことはなく、タイムチャージであり、⑤船長兼船主との契約関係は自由に解除可能であり、⑥控訴人は単に甲地点から乙地点まで本件バージを曳船するように指示(注文)するだけであった。

従って、控訴人が船舶所有者(船舶賃借人)と同様の海上企業経営主体たる実体を有していたとみることはできない。

また、商法七〇四条は、第三者保護を目的とする規定ではないから、取引社会において妥当する外形理論で補充することは許されないのであって、曳船の煙突に控訴人を表わすマークがあるというだけで控訴人に衝突事故の責任を負わせることはできない。しかも、船主、船長らは、控訴人に無断で右マークを使用していたから尚更である。

よって、本件においては、控訴人に商法七〇四条を適用ないし類推適用すべき余地はない。

(三)(1)  海上衝突予防法三九条は、船舶は如何なる場合においても事故発生を未然に防止するための注意義務があると規定している。すなわち、船舶による海上の事故は、①天候、風浪、潮流、地勢などの外的条件、②船舶の大きさ・用途・性能などの船舶自体の状態、③船舶を運用する船員の技倆など船舶にかかわる内的条件が複雑に絡み合って発生するものであるから、これらすべての事態に対処しうる適切なルールを規定することは技術的に不可能だから、本法ではその基本的なルールを遵守させ、本法に折込むことのできないものについては、いわゆる船員の常務に則って適切な措置をとらせ、その注意を怠ることによって発生した結果に対する責任を船舶所有者、船長、海員らに負担させている。

そして、この船員の常務によると、並列係留は危険であるから回避すべきこととなる。それ故、港則法施行規則三七条は、はしけの二縦列を禁止しているのであって、船員の常務からすれば、はしけ以外の船舶も同様に並列係留をしてはならないこととなる。

ところが、本件においては、航路筋に近接して並列係留が行われていた。

(2) 港則法一三条は、特別な場合を除いて、航路内において投錨してはならない旨定めている。その理由は、航路内は狭隘かつ輻輳しているので、船舶航行の安全を図るにある。そして、「航路内において投錨し」とは、航路内に自船の錨を投下する場合のほか、航路外において投錨したけれども船体の一部又は全部が航路内に入るようになった場合も含まれる。本条の制定趣旨に鑑みると、右投錨禁止は、航路もしくはその周辺で投錨して船首を回頭することも禁止していると解せられる。従って、航路筋にアンカーを打ってワイヤーで船固めすること自体過失があるというべきであり(海上交通安全法一〇条)、またワイヤーで船固めする場合には、ワイヤーの設置をブイ等の標識を用いてその存在を明示すべき義務がある。

ところが、本件においては、船首左舷前方に張ったワイヤーは、航路の方向に約三〇メートルの長さでたるみをもっていたが、それと航路との距離は僅か七〇メートルにすぎず、ブイ等の標識も設置されていなかった。

そこで、本件バージの左舷船首船底下の前部角が右ワイヤーの中間部に接触して同ワイヤーを押し下げたので、「たかみ」は、同ワイヤーに引張られて沖の航路寄りに移動し、この移動によって衝突事故が発生したのである。

(3) 海上衝突予防法五条は、「船舶は、周囲の状況及び船舶との衝突のおそれについて十分判断できるように視覚・聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない」と定めている。

見張りは、在艇者によって常時、すなわち、航行中のみでなく、錨泊中にも行われなければならず、かつ、見張員は、見張り作業に専従すべき義務がある。

そして、「たかみ」の見張りが十分であったならば、同法七条の四、五項により、船舶衝突のおそれの有無を判断し、その危険を察知した場合には直ちにアンカーを揚げ、機関を作動させ、船舶運航上の適切な慣行にしたがいためらうことなく衝突を回避する操作を行なうことができた筈であり(同法八条)、また、見張員によるハンドフェンダーを使用しての船体損傷防止措置をとることもできた筈である。ところが、「たかみ」の乗組員は、常時適切な見張りをすることを怠っていた。

(4) さらに、自衛隊法六〇条一項は、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用いなければならない」と、同法五二条は「事に臨んでは危険を顧みず、身を以て責任の完遂に努め、もって国民の負託にこたえるを期するものとする」と定めており、強力な法律と過大な国家予算に守られながら、防舷措置すらとられなかったのは被控訴人側の過失である。

(5) 自衛隊所属の「たかみ」、「いおう」は掃海艇であり、武器・火薬等を保有する危険物で、かつ特別高額の修理費を必要とする損傷し易い木造船である。しかも、保険の対象にすらなっていない。従って、このような危険物を所有する被控訴人には、信義則上、高度な管理責任があり、民間の船舶がこれらに近寄れないような措置をとって衝突事故の発生を防止すべき安全配慮義務があるといわねばならない。

ところが、被控訴人は、「たかみ」、「いおう」を安全フェンスで囲む等の措置を怠った。

(6) このように、本件事故の発生については被控訴人にも過失があり、被控訴人側の過失割合は九割をもって相当とする。

(四)  予備的請求について

(1) 請求原因に対する認否(変更分について)

請求原因事実は否認する。

商法六九〇条が民法七一五条の特則である以上、前者に該当しない場合に後者が適用される余地はない。

労務の供給者の自主性・独立性が特徴とされる委任・請負などについては、民法七一五条にいう使用関係に該当しない。

特に、船長という職務(船長、船主を含む。)は、高度に独立したものである。このため、商法七〇五条は、船長が船主の指図に従った場合でも、船主以外の者に対しては責任を負う旨を規定している。

控訴人は、かかる船長に対し、本件バージを神戸港第五防波堤北側から神戸港東部第四工区まで曳航するように指定したにすぎない。

従って、その間をどのような航法、航路をとるかの選択は、曳船である各船舶の船長の自由、絶対的裁量で行われ、控訴人が指揮監督を行なう余地はない。

本件曳航の契約関係は、荷主から一般一種港湾運送事業を営む広畑海運株式会社が鋼管の運送を受注し、同社が洞海運輸株式会社にはしけ運送を下請させ、右洞海が本件バージを配船し、港湾内の曳航作業を控訴人に再下請させ、控訴人が河野忠行と濱本忠男ら船主に曳航作業を再々下請させたものである。

(2) 過失相殺の抗弁

前記2(三)のとおり

(3) 免責の抗弁

仮に控訴人が使用者に該当するとしても、控訴人は、国家の保証のある海技免状を有する各曳船の船長を選任したのであり、しかも航海中においては解任、監督の自由がないのであるから、民法七一五条の選任・監督について相当な注意を尽していたことが明白であり、免責を受けるのが当然である。

よって、被控訴人の予備的請求は失当である。

3  被控訴人の当審における主張

(一)  控訴人の当審における主張(一)、(二)は争う。

(二)(1)  控訴人は、本件契約に基づき、各船舶を長期にわたり専属的に自己の支配下に置き、契約期間中船長に対し航行自体につき日常的に指揮監督権を行使して控訴人が営む海上運送事業に専従させていた。そして、このことは、各船舶の煙突に控訴人のマークが表示されていたことによっても裏付けられる。

従って、本件契約は定期傭船契約に該当し、控訴人は、各船舶の賃借人と同様の法的地位にあるから、商法七〇四条一項の適用により、控訴人の営業活動のための航海中に各船舶の船長がその職務に関してなした不法行為により他人(被控訴人)に加えた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 定期傭船契約を船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約であるとする判例(大審院昭和三年六月二八日判決、民集七巻八号五一九頁等)の立場にたてば、定期傭船者たる控訴人には、当然に商法七〇四条一項が適用されることとなる。

(3) また、本件契約が定期傭船契約に該当するか否かを問うまでもなく、控訴人は、各船舶を長期にわたり専属的に支配下に置いて事業の用に供し、船長に対して航行自体について指示監督権を有し、それによる利益を享受しており、船舶所有者(船舶賃借人)と同様の海上運送企業主体としての経済的実体を有していたから、商法七〇四条一項の法意に照らしてその類推適用を受け、前記責任を負わなければならない。

(4) 各船舶の煙突に控訴人のマークが表示されたとしても、それによって船主は何の利益も得られない筈であるから、船主が控訴人に無断でマークを表示するわけがなく、仮に当初無断で表示されたとしても、控訴人がそれを長年放置してきたことからすると、却って控訴人自身がそのような表示をすべき実質的な関係が控訴人と船主との間に存在することを熟知・容認していたことを物語っている。

(5) たしかに、PI保険組合の定款によれば、組合加入資格を船舶の所有者又は賃借人に限っているけれども、その理由は、船舶航行に伴う責任を負うのは両者だけであるとの前提によるものではない。すなわち、組合方式による保険制度の性格上、加入資格を右両者に限定しただけで、保険の対象としては、組合員が他の船舶を傭船した際の航行に伴う賠償責任にも及んでいるのであるから、むしろ、傭船者が船舶航行に伴い第三者に対し責任を負うことがあることを前提としていると解せられる。

(6) 本件各曳船は、営業として曳航という運送に関する行為(商法五〇二条四号)ないし作業の請負(同条五号)をする目的で「航海」の用に供されていた船舶であるから、同法六八四条一項にいう船舶にあたり、その各船長が職務を行なうに当り惹起した本件事故について同法六九〇条、七〇四条を適用することに何らの問題はない。

同法六八四条一項にいう「航海」ないしその前提となる「海」の意義について、港湾を含めた平水区域を除外する見解もあり、たしかに同法五六九条は、(陸上)運送人の定義、すなわち陸上運送、海上運送の区分に関し、港湾を陸上運送に区分しているが、港湾を「海」から除外する必要は、このような陸上運送と海上運送との区別や海事行政の見地からは認められるにしても、一般的に右「航海」ないし「海」の範囲から港湾を除外すべきことの根拠になるものではなく、商法第四編が海上運送についての規定に限られるものではないことから考えても、右「航海」ないしその前提となる「海」の範囲については、社会通念によって決定されるべきであり、そうであれば港湾を右「海」から除外する理由はない。

従って、本件各曳船が港湾運送事業に供されていた船舶であり、主として港湾内を航行する船舶であったとしても、同法六八四条一項にいう船舶にあたるというべきである。

(7) そして、船長その他の船員が職務を行なうにあたり他人に損害を加えた場合における船舶所有者等の責任についても商法六九〇条が適用ないし準用され、同条は、船長その他の船員の職務の特殊性に鑑み民法七一五条に対する特則を定めたものであって、右船舶所有者等の責任の範囲について有限責任を規定する反面で、その帰責事由については船舶所有者等の過失の有無を問わないこととしたものと解すべきである。すなわち、船長その他の船員がその職務を行なうにあたり、故意又は過失により他人に加えた損害については、船舶所有者等は、当該船員の選任および監督につき相当の注意を怠ったか否かを問わず、その賠償の責に任じなければならない。

(三)(1)  港則法施行規則三七条は、岸壁における係留を対象としておらず、さらには岸壁における並列係留を禁止するものではない。

(2) 「たかみ」、「いおう」は、前記ワイヤーのほかにも、それぞれ岸壁ビットにロープをとって固縛していた。そして、このロープが切断されない限り「たかみ」が沖方向に移動することはありえず、本件においては右ロープが切断されていないから、「たかみ」の移動がなかったことが明らかである。従って、本件事故は、「たかみ」の移動によって発生したものではないということができるから、船体固定のために前記ワイヤーをとっていた被控訴人の行為と本件事故による損害との間には何ら因果関係がない。

なお、海上交通安全法一〇条は、航路における錨泊を禁止しているだけで、同条は、「たかみ」、「いおう」のように岸壁に係留中の船舶には適用がない。

そもそも「たかみ」は、航路外水域の沖張りアンカーにワイヤーをとっていたものであり、投錨していたものではない。

そして、形象物の設置等の技術上の基準については、海上衝突予防法、同法施行規則に定められており、不必要に表示することは他の船舶の識別の妨げとなるために許されない。

碇泊(係留)船舶の外周には、錨鎖、舷梯、係船桁等が敷設されているから、航行する船舶は、普通、これら船舶の近傍を避けて航過する。仮に近接して航過する場合には、細心の注意を払うことが当然に要求される。これが船員の常務、すなわち、船員として当然に要求される注意義務なのであり、ワイヤーの存在が原因の一つとなって本件事故が発生したというのは全く事実に反し、専ら曳船側の過失によって本件事故が発生したのである。

(3) 本件事故当時、「たかみ」、「いおう」には、甲板当直員が配置されて適切な見張りが行われており、曳船列の接近とこれによる衝突の危険も予め察知されたが、両船舶は岸壁に係留中であったので即座に自船の操作によって衝突を回避することは不可能であり、しかも、本件バージの衝突に対して船体の破損を防舷物を用いて減少させる余地はなかったから、本件においては適切な見張りが被害の発生や拡大の防止に役立たなかった。

(4) 本件事故は、自衛艦の危険性が関連して、本来発生すべき筈がない衝突事故が発生したケースではなく、また損害が拡大したケースでもない。

およそ、自衛艦が危険物であるから、他船が衝突してこないように係留船舶の周囲をフェンスで囲むべき義務はない。

(四)  予備的請求

(1) 請求原因

主位的請求原因(従前の請求原因)の3(二)(原判決六枚目表二行目以下)を次のとおり変更するほか、主位的請求原因のとおりであるから、これを引用する。「控訴人は、本件事故当時、各船舶を長期にわたり専属的に支配下において事業の用に供し、航行について日常的に具体的な指示、命令を発して指揮監督権を行使し、各船舶の船長たる河野玉文、濱本忠男をその事業のために使用していたものである。

従って、使用者たる控訴人は、被用者たる右両名が控訴人の事業の執行たる曳航中に惹起した本件事故(不法行為)により被控訴人が被った損害を民法七一五条により賠償すべき責任がある。」

(2) 過失相殺の抗弁に対する認否

前記3(三)のとおり

(3) 免責の抗弁に対する認否

被用者の選任の過失についていえば、各曳船の船主と船長が一体とみられる本件においては、各船主と契約したこと自体について論じられるべきであって、決して選任に関する自由がなかったとはいえず、また海技免状を有する者を選任したから過失がないともいえない。

また、監督の過失についていえば、一般的・概括的に訓示・指導をする程度では不十分であり、航海中船長に対して具体的な監督行為ができないのであれば、航行開始前に十分な指示、命令をなすべき義務が生ずるだけであり、何ら監督上の無過失を基礎づけるものではない。

4  当審における証拠関係〈省略〉

理由

一当裁判所も被控訴人の本訴主位的請求を認容すべきものと認める。その理由は、次に付加訂正するほか、原判決の理由中控訴人と被控訴人に関する部分と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の補正

(一)  原判決一四枚目表一二行目の「検甲第一号証の一」から同裏二行目の「次の事実が認められ、」までを「検丙第一号証、弁論の全趣旨により沢勝彦が「たかみ」を撮影した写真であると認められる検甲第一号証の一ないし八(撮影年月日は、枝番一、二、四、五、六が昭和五五年六月二日、枝番三、七が同年五月二日、枝番八が同年六月四日である。)、弁論の全趣旨により西岡俊夫が昭和五七年二月七日に阪神基地隊を撮影した写真であると認められる検甲第二号証の一、二、検証の結果、被告河野及び同濱本各本人尋問の結果(各一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、被告河野及び同濱本各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用することができず、他に」と訂正する。

(二)  同一五枚目表一行目の「神戸港長に対し、」の次に「昭和四三年五月一日付及び同四四年四月八日付で」を加える。

(三)  同一二行目の「及び第三泉丸」から同一三行目の「ロープ」までを「(航行区域を沿海区域とする汽船―曳船)及び第三泉丸(航行区域を平水区域とする汽船―曳船)並びに鋼管約八〇〇トンを積載した本件バージ(全長六〇メートル、幅二〇メートル、無人)がこの順にロープ(第五神山丸が長さ四〇メートルの曳航索一本で第三泉丸を曳き、第三泉丸が長さ四〇メートルの曳航索二本で本件バージを曳いていた。)」と訂正する。同三行目の「乗り組み、」の次に「両被告がトランシーバーで連絡をとり合いながら、」を加える。同九行目の「引き出され」を「曳き出され、船首を東へ向け」と訂正する。同一〇行目の「(」の次に「総トン数」を加える。

同一六枚目表四行目の「被告濱本に対し、無線」を「被告河野は、直ちに同濱本に対し、無線電話」と、同五行目の「まわろうか」を「前から船が出てくるのでまわろうか」と、同七行目の「を右に回頭」から同八行目の「進入」までを「の舵を第三泉丸が転覆しないように約三ノットでゆるい角度で舵を右に切って同船を右に回頭し、被告濱本もこれに続いて第三泉丸を右に回頭して、縦船列を東神戸航路内に入れて右旋回して待機し、右大型船の航過を待って再び元の進路に戻るため同航路内に進入」と訂正する。同九行目の「右両船舶は、」の次に「予想に反して、」を加える。同裏五、六行目の「いま少し手前で各船舶を右に回頭し」を「第五神山丸、第三泉丸の速度・馬力によって予想される転回半径に鑑みて、いま少し手前で各船舶を右に回頭し、あるいはさらに減速して転回半径を小さくしてできる限り右に回頭し」と訂正する。

(四)  同一七枚目裏五行目の「被告河野は、」の次に「前記二に認定したとおり、」を加え、同八、九行目の「第五神山丸を右に回頭する時期を失し」を「第五神山丸、第三泉丸の転回(曳航)能力から予想できる縦船列の転回半径についての予測を誤ったため第五神山丸を先頭とする縦船列を右に回頭する時機を失し、約三ノットの速度で大きな転回半径で漫然右に回頭し続け、」と訂正する。

(五)  同一九枚目裏一二行目の「いわゆる」の前に「船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約たる性質を有すると解される」を加え、同二〇枚目表三行目の「委託」を削除し、同二一枚目表五、六行目の「の仕事」を「が営む海上運送企業」と訂正し、同七行目の「煙突には」の次に「昭和五四年一月に本件契約を結んで以来」を加える。

(六)  同二二枚目裏一二行目の「一五」の次に「(枝番二ないし一五は原本の存在も争いがない。)」を、同二三枚目表一行目の「船体修理費支出)が、」の次に「原本の存在及び」を、同二四枚目裏六行目の「甲第一一号証、」の次に「原本の存在及び」を加える。

2  控訴人の当審における主張に対する判断

(一) 控訴人は、第五神山丸の航行範囲が神戸港内に限られていたから同船舶は内水船であると主張する。しかし、同船舶は、前記認定のとおり航行区域を沿海区域とする船舶であって、平水区域外の海洋を航行することを予定しているのであるから、本件事故発生時までに現実に平水区域外を航行したことがないからといって、これを内水船であるということはできず、かつ同船舶は前記認定のとおり商行為をなす目的で航行しているのであるから、商法六八四条一項にいう航海船に該当するといわなければならない。

そして、第五神山丸は、内水船である第三泉丸、本件バージの順序で一体となって曳船列を構成していたのであるから、これを全体として単一の船舶と同視するのが相当である。してみれば、先頭の曳船である第五神山丸が航海船である本件においては第三泉丸・本件バージを含めた前記曳船列全体に海商法の適用があると解すべきであるから、控訴人の右主張は失当である。

また、控訴人は、「たかみ」、「いおう」が公用船であるから、本件事故については海商法の準用が排斥されると主張するけれども、後記認定のとおり本訴は、無過失の船舶所有者たる被控訴人が第五神山丸及び第三泉丸の船長の職務執行に過失があると主張し、商法七〇四条一項、六九〇条に基づき控訴人を相手方として提起した損害賠償請求訴訟であり、本件バージ・第三泉丸・第五神山丸を一体とした前記曳船列に同法の適用があることは前記のとおりであるから、控訴人の右主張は失当である。

(二)  控訴人は、第五神山丸、第三泉丸の煙突に控訴人会社のマークをつけることを船主に許諾したことがないと主張し、〈証拠〉中にはこれに副う部分がみられるけれども、これらは前記認定の事実(原判決二一枚目表以下)に照らして採用することができず、他にこれを認めうる証拠はないから、控訴人の右主張は失当である

(三)  控訴人は、いわゆる船員の常務によれば並列係留は危険であるから回避すべき義務があるとか、港則法施行規則三七条がはしけの二縦列を禁止していると主張するけれども、そのような義務や禁止を認めるべき根拠はない。また、控訴人は航路筋に近接して「たかみ」、「いおう」の並列係留が行われていたと主張するけれども、前記認定のとおり東神戸航路と「たかみ」の左舷側との間には約九〇メートル近くの間隔があり、同航路を通常の方法で通航する船舶には何ら障害とならなかったのであるから、控訴人の右主張はいずれも失当である。

(四)  控訴人は、航路の周辺で投錨することやアンカーを打ってワイヤーで船固めすることは禁止されており、またワイヤーに標識を設置すべき義務があると主張するけれども、これを認めるに足りる根拠はなく、しかも「たかみ」のアンカーを打った位置は控訴人の主張によっても航路から約七〇メートルも離れているのであって、到底航路の周辺と目することができないのであるから、控訴人の右主張は失当である。

(五)  控訴人は、「たかみ」の乗組員が適切な見張りを怠り、船体損傷防止措置をとらなかった過失があると主張するけれども、前記認定のような本件バージの急迫な接近に対し、岸壁に係留されている「たかみ」としては自力で回避することは不可能であり、また、前記認定の鋼鉄製の本件バージから木造船である「たかみ」を守るには備付の防舷物では到底目的を達し難いとみられるから、被控訴人側に控訴人主張の過失はない。

(六)  なお控訴人は、被控訴人には民間の船舶が近寄れないように「たかみ」、「いおう」をフェンスで囲むべき義務があると主張するけれども、かかる義務を認めるべき根拠がないから、控訴人の右主張も失当である。

(七)  以上のとおりであって、被控訴人に本件事故の発生や損害の拡大について控訴人主張の過失はないといわなければならない。

二それゆえ原判決は相当で、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担について同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官栗山忍 裁判官辰巳和男 裁判官山口幸雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例